古都ヴェリコタルノヴォ

おすすめ度 ★★★★★
公開期間 2015/08/01~2016/08/29
情報区分 ハンドメイド(置き物)
関連情報 地域情報
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その他情報 古都ヴェリコタルノヴォ
情報コード t23

この雑貨はトルコ情報とちょっと異なります。
ブルガリアで買ったものです。

内容

トルコとブルガリアには深い関係があります。

隣国のブルガリアにはたくさんのトルコ人がいます。

トルコにもたくさんのブルガリア人がいます。

それは長い歴史がそうさせました。

隣国同士は仲が悪いことが常です。

もともとはオスマントルコの地であったり、なかったり・・・理由は世界第一次戦争にさかのぼるお話になるでしょう。

わたしはその見識に詳しくありません。

戦争がもたらした爪痕と言う言葉をよく耳にします。国と国の戦争が人種を分けたのです。

イズミールから直接ブルガリアのバスが出ています。到着地はブルガリア首都ソフィアではありません。

ブルガリアの小さな町に到着して、古都行の切符を買った時のこと。

ブルガリアではもちろん、英語で話をします。

何かの瞬間、わたしはトルコ語を話せることを伝えました。

そのときです、切符売りの女性は笑顔になりトルコ語を話し始めました。

どーして話せるの? トルコ語で聞きました。

わたしはトルコ人です。でもブルガリアに残りました。

数十年前、民族交換の制度があったとき、トルコへ帰ったそうです。

でもブルガリアに残ることを決心した。

わたしが訪れたとき、ブルガリアがEUに参加しブルガリアはまだまだ、貧しい国、EUに参加するべきではないと言っていました。

ブルガリアに住むトルコ人、トルコに住むブルガリア人がいることをそのとき知りました。

今こそ両者は仲良くなれますが、歴史がもたらしたこれこそ、犠牲者ですね。

イズミールからダイレクトに到着したこの町は多くのトルコ人が住んでいます。だから、この路線があるのでしょう。

その後、わたしは古都ヴェリコタルノヴォへむかいました。

この町は、芸術家の街でした。このお城は観光で賑わっています。

おみやげにお城の置物を買いました。作家のおじさんに名前と日付を焼き付けてもらったものです。

ブルガリアはトルコより貧しい町でした。

社会主義の名残を今も見かけますが、トルコ人となんら変わりのない暮らしがありました。

 

(古都ヴェリコタルノヴォは1187年に建国された”第二次ブルガリア王国”の首都として
1396年のオスマントルコの侵攻・征服にいたるまで波乱万丈の歴史を刻んできた古き都。)ネットより

 

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